術後の吐き気

※術中術後のトラブルで慌てないために




概要

術後の吐き気はPONV(postoperative nausea and vomiting)とも呼ばれるものであり、麻酔科医が最も多く遭遇するといっても過言ではない合併症の一つだと思います。約半数に生じるとも言われています。
短期間ですが、不快になる事が多く、有効な治療法も少なく、リスクが高い場合には予防を考慮するのも一つだと思います。ただし、日本において、その方法は非常に限定的です。

ただし、嘔気には多彩な原因が関与しています。化学受容器引金帯(CTZ)における化学物質による嘔気の誘発をはじめ、ドパミン受容体(D2受容体)、ムスカリン受容体(M受容体)、ヒスタミン受容体(H受容体)、セロトニン受容体(5-HT受容体)、ニューロキニン受容体(NK受容体)など、原因が多岐にわたるため、単一の対策では効果が無効なこともあります。主に以下のようになっていますので参考にしてください。

大脳からの情報の整合性:視覚情報と脳の情報があわない混乱が嘔気の原因になります。斜視手術によるものはおそらくこれでしょう。
化学受容器引金帯(CTZ):化学物質が刺激することで嘔気を引き起こします。D2受容体と5-HT受容体が関与しています。
D2受容体:CTZ受容体に関与する受容体です。
5-HT受容体:CTZ受容体に関与します。特に抗がん剤による嘔気に効きやすいとされています。
ムスカリン受容体:消化管に分布する受容体です。胃炎など、消化管に関連する嘔気に効果が出やすいです。
ニューロキニン受容体:嘔吐中枢にある受容体の一つです。サブスタンスPが直接的に結合します。

注意点

① リスク因子を考慮する。

PONVの原因は多岐にわたります。もっとも有名なのが下記の5項目でしょう。
リスク項目一つごとに発生率が20%増加するとされています。

・若い
・女性
・PONVの既往
・非喫煙者
・乗り物酔いしやすい

これらも含めた詳細なリスクについては以下のようなものが知られています(恐らくもっと多いです)。
予防をしたい場合には麻酔要因を排除すればよいということになります。

患者要因 若い(2歳以下だと逆にリスク低下)、女性、PONVの既往、血縁者のPONVの既往、乗り物酔いしやすい、非喫煙者、飲酒頻度が低い
麻酔要因 全身麻酔、オピオイドの使用、笑気の使用、吸入麻酔の使用、麻酔中の酸素濃度が低い、脱水
手術要因 斜視手術、消化器の手術、脳外科の手術、耳鼻科の手術、乳腺・形成外科の手術、腹部手術、長時間手術

② 治療法・予防法

日本においてはなぜかPONVに保険適応がある薬剤がほとんどありません。
下手に使うと混合診療の扱いとなりややこしいことになる可能性があります。

★日本で保険適用がある薬剤
※日本で保険適用がある薬剤は限定的です。メトクロプラミドとプロクロルペラジンは薬効重複なので、メトクロプラミドを投与して、無効の場合にはアタラックスPの使用を考慮することが妥当ではないかと思います。それぞれ頓用薬と手術終了時の投与薬なので順番があべこべですが。
・メトクロプラミド
禁忌:消化管穿孔・閉塞性の消化管異常(消化管運動亢進による増悪の可能性)、褐色細胞腫(症状増悪の可能性)
作用機序:D2受容体遮断薬。
投与方法:術後嘔気時に10mgIVする。
備考:いわずと知れたプリンペラン。中枢移行が強いのでパーキンソン病などがある場合には要注意。PONVへの効果は弱いとされる。妊婦には慎重投与だが使用可能。

・プロクロルペラジン
禁忌:エピネフリンの投与(α受容体遮断のため)
作用機序:D2受容体遮断薬。
投与方法:手術終了時5~10mgIV
備考:ノバミン。多岐にわたる作用があるともされており、原因不明の嘔気にも使いやすい。鎮静作用が強いのもそうだが、α受容体遮断があるため、ボスミン禁忌かつカテコラミンの効果も減弱の可能性があることから麻酔科では若干使いにくい。

・ヒドロキシジン
禁忌:妊婦、ポルフィリン症
作用機序:抗ヒスタミン薬
投与方法:手術終了時に25〜50mgIV
備考:アタラックスP。眠気が強いため術後管理が少し心配になる可能性も。それ以外では内科でも頻用されている薬剤であり、使いやすい。

・ベルフェナジン
禁忌:エピネルリン(α遮断作用のため)
作用機序:D2受容体遮断
投与方法:70μg/kg筋注
備考:商品名はピーゼットシー。小児にも使用可能。ただし、鎮静作用も強く、悪性症候群などの合併症のリスクとなる。また、錠剤か筋注の薬剤しかないのも使いにくい理由の一つ。

★薬剤以外の対処法
※薬剤に頼らず治療する方法も一応はあります。
・血ガスの補正
アルカローシスが存在していたり、電解質異常があるとそれが引き金となって嘔気を生じる可能性もあります。
脱水があれば輸液をする、Na異常があれば補正をする。アルカローシスがあれば補正をするなどの方法で嘔気が改善する可能性はあります。

・内関のツボ
有名どころでは内関のツボを指圧するという方法があります。左手の手のひらの根元から三横指下の腱の間にあります(下図)。
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悪阻や二日酔いにも有効と言われております。気休め程度ですが無侵襲なので試してみても良いでしょう。
ただし、この位置はAラインの止血テープなどが邪魔になっていることも少なくありませんが。

③ 場合によっては保険適用外の薬剤も考慮する

※保険適用がありませんので使用される場合には麻酔と別件で使用するかのように記載する必要があります。例えばドンペリドンであれば「麻酔とは無関係に胃炎の症状があり使用したのだ」という建前を入れれば一応使用可能です。
・エフェドリン
禁忌:なし
作用機序:ノルアドレナリン分泌促進
投与方法:4~8mg静注 または25~40mg皮下注
備考:筋注で効果が強いというデータもあるが、適用は皮下注。保険適用外だが、昇圧薬の基本であるし、使用に際して困ることはないと思われる。ただ、血圧低下や循環血液量の低下による嘔気にしか効果がないと思われる。

・ドロペリドール
禁忌:痙攣発作の既往、重篤な心疾患、QT延長、2歳以下の小児
作用機序:GABA受容体作動、D2受容体遮断
投与方法:手術終了時に0.625~1.25mg静注
備考:ドロレプタン。ブチロフェノン系の向精神作用があり、鎮静作用も強い。α遮断作用もあるため、禁忌ではないがボスミンも併用を避けたほうが良い。逆にQT延長は低用量では問題にならないと言う説もある。錐体外路症状が出やすいので未成年全体に避けたほうが無難。厳密にはPONVへの保険適用はないが、フェンタニルとの併用を目的とする薬剤のため、全身麻酔時には気にせず使用しやすい。ただ、鎮静作用が強いので手術終了を待たずに半ばくらいに投与しても良い。

・ドンペリドン
禁忌:消化管穿孔・閉塞性の消化管異常(消化管運動亢進による増悪の可能性)、妊婦、プロラクチノーマ(増悪)
作用機序:D2受容体遮断薬
投与方法:嘔気時座薬として60mg投与
備考:ナウゼリン。小児にも使用でき、中枢移行も少ないため、錐体外路症状の危険性がある場合にも投与しやすい。使用する場合には「胃炎」に対するものとして使用する。

・デキサメタゾン
禁忌:感染症
作用機序:抗炎症作用
投与方法:導入時5~10mg静注
備考:いわずと知れたステロイド剤。作用発現まで時間がかかるため、導入時に投与する。保険適用外だが、喘息やアレルギーなど麻酔でも生じやすい疾患で使用できるため、術中使用しやすい。

・オンダンセトロン
禁忌:なし
作用機序:セロトニン遮断薬
投与方法:手術終了時4mgIV
備考:ゾフラン。麻酔科ではあまりなじみのない薬だが、PONVへの効果も強い。ただし、抗悪性腫瘍薬による嘔気にしか適用がないため、シスプラチンなどの嘔気の強い抗悪性腫瘍薬を使用していない患者では使用しにくく、薬価も4000円近くする(ジェネリックでも2000円程度)。あまり乱発していい薬ではない。

・グラニセトロン
禁忌:なし
作用機序:セロトニン遮断薬
投与方法:手術終了時に40μg/kgを緩徐静注
備考:カイトリル。抗悪性腫瘍薬による嘔気と、上腹部や全身への放射線照射にしか保険適用がない。また、薬価も5000円くらいする。麻酔科的には使いにくい。

  • 最終更新:2018-03-28 12:23:55

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