維持

※麻酔科研修で必ず持って欲しい一冊です

※このサイトは要点のみを記載するようにしています。きちんと勉強するには成書を参照することを強く勧めます。


0.維持について

 基本は麻酔の三要素(鎮痛、鎮静、筋弛緩)の3つを意識しながらバイタルの調整などを行っていくことになります。

 麻酔科医はパイロットにたとえられることも有りますが、維持は上空に達して安定させる状態です。安定した状態ではかなり楽をすることができますが、荒れている中飛行するのはなかなか骨が折れます。
 パイロットと違うのは、麻酔の維持法は施設が違うと全く方法が変わることです。同一施設で同じような教育を受けたスタッフであっても方法論が全く異なることが有ります。研修医からも「A先生の言う通りに管理していたらB先生に怒られた」等と言われることも有ります。
 他人のやり方を否定せず、うまく言っている方法があれば全て正しい麻酔法と広い心を持ち、自分に適した麻酔法を取りいれ、模索していくようにしてください。

 上記の理由から、ここでは麻酔の三要素などについての一般論しか記載しませんし、初心者向けという前提なので、煩雑になることを防ぐため「研修医でも使用しやすい簡単な薬剤」を使用して「ほとんどトラブルのないような基本的で簡単な症例を管理する」という前提で記載していきます。。

1.鎮痛

痛みのモニターとしては主にHR、血圧の二つを参照します。両方上がってきたときは痛みを疑いますし、片方でも痛みがあることを疑う必要があります。

鎮痛のためには強オピオイドのフェンタニルおよびレミフェンタニルを用いることが多いです。ただし、神経ブロックや硬膜外麻酔などがある場合はその限りではありません。
短い手術ではペンタジンやブプレノルフィンなどの弱オピオイドのみで済ますこともありますが、それはここでは詳述しません。
いずれも呼吸抑制を強く起こすため血中濃度が高い場合には呼吸が出にくいです。

★フェンタニル
適宜投与する。具体的には麻酔法いろいろの全身麻酔の項を参照。

・フェンタニルはアルブミン結合性、脂肪への浸透性が高く、投与すると30~1時間程度かけて血中濃度が一気に下がるが、血中濃度が下がると逆にアルブミンや脂肪からフェンタニルが徐放されてくるため、一定以上になると落ちにくいことが特徴。この性質のため持続投与でも血中濃度が少しずつ上がってくることがある。
術後鎮痛を視野に入れる場合に使用する。また、循環抑制が弱いため、抜管しない手術の場合は2000μg~3000μgなど大量投与することもあり、それでも大きな問題はない(抜管する時は呼吸が出にくくなるため避けましょう)。

麻酔科医の中には手術終了時に呼吸が出にくい場合「フェンタニルは何μg投与した?」と聞いてくる人も多い。ある程度健康な人の3,4時間程度の中時間手術で計5μg/kg程度の投与なら大体覚め、10μg/kg程度になると少し勇気が必要だが、若い人や痛みが強い手術の場合、それ以上必要なこともある。当然高齢者では控えめにしたほうがよいが、90歳クラスでも4μg/ml程度なら投与タイミングが悪くなければ覚めることが多い。
また、手術終了が近づいた時に大量投与した場合、血中濃度が落ち込む前に終了するので、思った以上に遷延することも多い。投与量に自信がない場合は手術中はレミフェンタニルを中心に管理して、術後鎮痛としてIV-PCAを使用するのも一手。

★レミフェンタニル
投与にはγ計算が必要であり持続投与が前提。0.1mg/mlに調整した場合、1γ=0.6ml/kg/hrになる。
維持には大体0.1~0.25γくらいで使用することが多いが、0.5γまで使用する論文も数多く存在する。
また、術中の鎮痛維持に使う薬剤なので硬膜外麻酔などで強い鎮痛ができている場合やフェンタニルのみで安定するような場合には必須ではない。手術終了10分前くらいを目安にoffしておくとよい。

効き始めが早く、半減期が5分程度と調節性の高さが特徴。逆に言うなら切れるのが早いため術後鎮痛を視野に入れることができない。また、高齢者の場合には半減期が10分以上あると見込んでおいた方がよい。
鎮痛効果の他鎮静作用も強く、適正量投与すると筋弛緩なしでもバッキングを起こしにくい上、バイタルも安定しやすいので術中管理が非常に楽になる。
ただし、呼吸抑制はもちろん循環抑制も強く、少量でもbolus投与すると血圧を一気に落としてくる可能性があるため非常に注意が必要。また、疼痛閾値を低下させる(術後の痛みを感じやすい)、慢性疼痛を生じやすくなる可能性がある、長時間使用でシバリングが生じやすくなる、長時間手術で使用すると途中から抵抗性ができる、offした時に一気に血圧が上昇する可能性があるなど、維持には使いやすい反面、デメリットも多い。

2.鎮静

鎮静のモニターとしては「呼気吸入麻酔濃度」または「BISモニター(40~60に設定)」を使用することが多いです。前者は個人差も小さく、感度も高いので吸入麻酔を使用している場合にはBISモニターはあまりメリットがありません。深麻酔を防ぐなど麻酔深度を厳密に管理したいときは別ですが。

大まかに「吸入麻酔」と「完全静脈麻酔(TIVA)」に分かれます。
セボフルラン or デスフルラン or プロポフォール(TIVA)の選択で好きなものを一つ選んでください。吸入麻酔にはお好みで笑気を混ぜても良いでしょう。

現在最も使用されている吸入麻酔薬はセボフルランで、デスフルランが後を追う形で発売されていますが、恐らくこの優位性は覆らないでしょう。よくわからない場合はセボフルランを選択しておく方が安全です。

TIVAを行う場合にはプロポフォール(ディプリバン)を使用することが多いです。
この三剤のみで基本的には十分ですが、ここでは笑気も触れています。逆にイソフルランをまだ使用している施設もあるかもしれませんが、ここでは触れません。

★セボフルラン
導入時3%、挿管後は1.5%程度に濃度を調整します。

現在存在する吸入麻酔の中で最も万能性の高い薬物です。覚醒が早く、使用できない症例は筋弛緩を使用しない手術などの一部の例外を除いてほとんどなく、冠動脈拡張があり、喘息も抑制します。小児や緩徐導入にも使用可能です。
病院に設置する吸入麻酔を一つ選ぶとしたらこれになるので、現在最も日本で使用される吸入麻酔となっています。

ただし、気化器に電子制御がついていないため、温度条件によって気化速度が不安定になりやすく、しっかり関していないと設定と大きくずれた値で気化している場合もあります。また、気化器が空っぽになってもアラームが鳴らないため、気が付いたらセボフルランがなくなっている(空焚き)場合もあり、残量には常に注意が必要です。さらに、追加する場合に一旦セボフルランの気化器を止めないといけないため、補充した際にうっかりと戻すのを忘れていて術中覚醒になった症例も報告されています。また、循環抑制が強いため血圧を落としやすいのも特徴です。

★デスフルラン(スープレン)
導入時より4-6%で開始します。

デスフルランと言えば気道刺激と言われるくらいで気道刺激が強く、喘息を誘発する可能性も指摘されています。また、気道刺激の問題上緩徐導入に使用することもできません(少しずつ濃度を上げる方法もないわけではありませんが……)。
さらに、小児への適応がないなどの注意点もあります。

ただし、デスフルランはセボフルランに比べても覚醒が圧倒的に早く、半分程度の時間で抜管ができるとされています。また高齢者や肥満者、長時間手術であってもほとんど蓄積しませんので、覚醒遅延を起こしそうな症例には非常に使いやすくなっています。
また、電源が必須になっている反面、温度が一定になるため投与濃度が設定から大きく食い違わず安定して投与することができます。また、残量が減っているとアラームが鳴りますので補充し忘れる心配もありませんし、投与しながら補充することもできるので、補充のために止めたまま再開を忘れる心配もありません。
また、循環抑制はありますが交感神経刺激があり、血圧がセボフルランに比べて下がりにくいのも特徴です。その反面、高濃度に一気に挙げた際に一過性の頻脈を生じることでも有名です。セボフルラン同様冠動脈保護作用などはあるようです。

★笑気
70%程度で管理をします。残りの30%は酸素と吸入麻酔を使用します。単独で麻酔をかけるには120~140%程度の濃度が必要であり、不可能です。ただ、笑気を70%にすることで吸入麻酔の量を半分に減らすことができます(逆に維持に笑気を使用する時は吸入麻酔の量を半分にすることを忘れないようにしましょう)。

歴史的には鎮痛薬として使用されています。
鎮静作用が強い一方で鎮痛作用も強く、呼吸抑制も起こしにくいという特徴があります。安価で吸入麻酔量を減らせるため医療経済的にも良いのですが術後の吐き気(PONV)を生じやすいとも言われています。
笑気の最大のメリットである鎮静+鎮痛作用はレミフェンタニルで代用できるため、シェアを徐々に奪われており、現在は緩徐導入以外ではあまり使用されなくなりつつあります。ただ、レミフェンタニルに特徴的な呼吸抑制や疼痛閾値の低下、シバリングなどのデメリットは生じにくいため、現在でも好きな人はよく使っています。特に呼吸抑制が生じにくいという特徴はラリンギアルマスクと相性がよく、ラリンギアルマスク使用時に使う人もいます。

なお、使用に際して肺気腫や気脳症などの閉鎖腔がある場合は使用できず、胸腹部の手術でも笑気が術野から漏れるので使用しにくいです。基本的には耳鼻科や整形外科、皮膚科、形成外科など末梢や表面を触るような手術でしか使用できないと考えればよいでしょう。また、笑気から離脱する際に空気を混ぜた酸素を投与すると排出される笑気と相まって肺内の酸素が減少し一時的な低酸素血症を生じる可能性があるため、笑気離脱時は必ず純酸素(+吸入麻酔)を使用する必要があります。

★プロポフォール(ディプリバン)
吸入麻酔を使用せずにプロポフォールのみで麻酔する方法があります。一般に完全静脈麻酔(TIVA:total intravenous anesthesia)と呼びます。
導入では2mg/kg(0.2ml/kg)程度用いればよいでしょうが、高齢者や循環リスクがある患者には減量しましょう。
添付文書には0.4~1.0ml/kg/hrで適切な鎮静が得られると記載があります。個人差が大きいので患者の年齢を考慮し投与するようにすれば良いでしょう。TCIポンプがある場合には2.5~3.5程度に設定をします。

鎮静管理にはBISモニターが必須であり、BIS値40~60を目指して管理する必要があります。可能なら術中覚醒を防ぐため筋弛緩をoffするか弱めにすることが望ましいでしょう。こうすることでバッキングのリスクが上がりますが術中覚醒が生じると患者が暴れるため、リスクが下がります。

脳外科や整形外科の脊椎手術などでMEPを使用し術中筋弛緩を使用してはいけない場合、吸入麻酔を使うとMEPが出にくくなるとされており、TIVAが必須となります(最近はデスフルランでもいけるという話も出ていますが、当院で論文通りやったところ感度が落ちることがありました)。なお、MEPが不要になってからは吸入麻酔に切り替える、などは特に問題がありません。

それ以外は基本的に吸入麻酔を使用すればよいのですが、TIVAは覚醒が遅くなることと、個人差が大きく管理が難しいこと、シリンジを1時間に1回くらい変えないといけないので煩雑であることなどのデメリットがある一方で術後の吐き気(PONV)が減少することが知られており、一部の麻酔科医には根強い人気があります。

3.筋弛緩

モニターとしてはTOFモニターがありますが、全ての設備にあるわけではありません。
どれか一種類だけ選択して使用することになりますが、基本的に維持に使うのはロクロニウムのみです。
なので選択肢としては「ロクロニウム or 筋弛緩なし」の二択となります。

筋弛緩薬はほとんどすべての症例で非脱分極性筋弛緩薬のロクロニウム(エスラックス)が使用されていると思われます。
ロクロニウムはアレルギー以外に使えないシチュエーションがほとんどなく、切れも早く優秀な拮抗薬もあり、代謝物に筋弛緩作用がないと言われているため一世代前のベクロニウムと比べてデメリットがありません。アレルギーが生じやすいのが難点ですが、ロクロニウムとベクロニウムは80%以上の確率で交差が生じるため、「ロクロニウムを使えないからベクロニウム」という判断もできません。
スキサメトニウムは精神科の電気痙攣療法や迅速導入時に使用されることもあり、まだシェアを残しています。
ここではロクロニウムとスキサメトニウムのみ触れます。

★ロクロニウム(エスラックス)
急速導入0.6mg/kg/hr、迅速導入0.9mg/kgと記載してあります。
維持は30分経った or TOFモニター1以上で1ml静注とするのが一般的です。体重が軽い場合には1回投与量を調整する必要があります。
持続投与の場合7γ(原液で0.42ml/kg/hr)と記載されていますが、この量だと過量投与になりやすいです。長時間手術の場合や患者が高齢の場合、安定した頃(投与開始後数時間程度)に5γ(0.3ml/kg/hr)に減量することをお勧めします。

非脱分極性筋弛緩薬の一種で、現在のほとんどの手術で使用されている筋弛緩薬です。数万人に1人程度でアナフィラキシーを起こすとされており、警戒が必要です。4級アミンが原因となるため、シャンプーなどで感作され、初回投与でもアナフィラキシーが出る場合もあります。
なお、代謝産物には筋弛緩作用がほとんどないとされていますが、過量投与で蓄積し筋弛緩が遷延する可能性があることがよく知られています。TOFモニターがない場合には注意が必要です。

★スキサメトニウム
導入時1mg/kgを静注します。
添付文書には維持に関して「0.1~0.2%となるように生理食塩液または5%ブドウ糖液に溶かし、持続注入する。通常2.5mg/分ぐらいの速さで注入する」と記載があります。

脱分極性の筋弛緩薬に当たり、投与すると45秒程度で脱分極が出現します。見た目から中枢から末梢へと筋肉の動きが認められるのが特徴で、例えば患者の足を見て動きがあったら筋弛緩が効いたと判断でき挿管できます。
筋弛緩の持続時間が短いので、電気痙攣療法で好んで使われる他、迅速導入をしたい場合、導入後神経刺激装置を使ってブロックをしたい場合など、広い用途で使用されます。
ロクロニウムのアレルギーがある時には「じゃあスキサメトニウム」と選択したくなりますが、実際にはロクロニウムアレルギーの半数程度でスキサメトニウムにも交差しているため、アレルギー検査をしてみないと本当に使用できるかはわかりません。

4.バイタル

維持でやることは非常に種類が多いですが、ここでは基本的なものだけ記載しておきます。

HRが持続的に下がる時 緑内障がなければ硫酸アトロピン1A(0.5mg)投与
HRと血圧が両方低い時 エフェドリン4~8mg投与(10mlに伸ばして1~2ml投与)
HRが高く血圧が低い時 輸液、急速に昇圧したい場合はネオシネジン0.1mg
HRの低下が遷延している時 エフェドリン4~8mg投与(10mlに伸ばして1~2ml投与)
HRが急速に低下している時 ネオシネジン0.1mg
HRと血圧が両方上昇 フェンタニル1ml bolus。あるいはレミフェンタニル増量。
バッキング エスラックス1ml(10mg)投与。
SpO2低下 低下が緩やかな場合は無気肺の場合が多い。PEEPを高め(8~10程度)にかけて経過観察。換気量を増やすことでも対応できることが多い。その他の場合はあまりに判断が煩雑なのでSpO2低下のページ参照。
etCO2上昇・低下 上昇の場合呼吸回数を増やす。低下の場合呼吸回数を減らす。
気道内圧上昇 pressure control(PCV)に変更する。
体温低下 まずはモニターのエラーを疑う。正しそうなら加温機を使用する。輸液を加温する。あるいはタオルなどで覆えるところは覆ってしまう。
体温上昇 悪性高熱を疑うレベルでなければゆっくり冷却する程度で良い。
尿量減少 尿量も大事ですが色をチェックします。濃厚になっているようなら脱水の確率は高いですが薄いなら問題ないでしょう。輸液が十分なのに明らかに尿量が減っている場合、腎動脈などが手術操作で障害された可能性もありますので、疑わしい時は術者に確認しましょう。

5.その他

その他、手術に合わせて台を移動したり、邪魔になる位置から配管を移動したり、ルートのチューブの絡みを解消したりなど維持の間にやることはたくさんあります。

  • 最終更新:2018-01-13 00:37:49

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード