硬膜穿刺後の頭痛

※術中術後のトラブルで慌てないために



概要

脊髄麻酔で硬膜穿刺を行った後、あるいは硬膜外麻酔で意図せずに硬膜穿刺を行った場合(ADP:accidental dural puncture 通称デュラパン)には頭痛が出ることがあります。
これは髄液が硬膜外腔に漏れるため、髄液圧が下がり、血管拡張が生じる、あるいは脳底部尾側に牽引されることが原因とされ、PDPH(post-dural puncture headache)と呼ばれます。
数週間から1ヶ月以上も続くことがあるため、長期間のQOL低下があり、患者の苦痛も大きいです。

基本的には以下の用件を満たすと硬膜穿刺後の頭痛と判断されます。
・硬膜穿刺後5日以内に発症した
・座位または立位で15分以内に増悪し、臥位で15分以内に改善する(症状として項部硬直、耳鳴、聴力低下、光過敏、悪心等を伴うこともある)。
・そのほかの原因が否定的である。


注意点

① 予防方法

 一般的な予防法としては硬膜を穿刺しないようにするしかありません。脊髄麻酔をせずに全身麻酔を選択する、硬膜外麻酔で怪しかったら針を進めない、といったことが基本になるでしょう。特に若い人の場合、脊髄麻酔でも必発といっても良いくらい高確率で頭痛が出現する印象ですので、その場合に使用を避けても良いでしょう。
 ただ、臨床上はそうも行かないことが多いです。

 脊髄麻酔でPDPAを予防するためには細い針を使用するなどして硬膜の傷を小さくしても良いでしょう。27G針を使用すればPDPAの発症はかなり抑えられます。あるいはペンシルポイント針を使用するのも良いでしょう。ペンシルポイント針は先端が鉛筆のようにとがった針であり、傷口が小さくなりやすいです(普段使用しているような斜めにカットした針はクインケ針と呼ばれる)。 

 なお、硬膜外麻酔でデュラパンを生じた際に予防的に自己血パッチを行うのは意味がないとされています。個人的には水パッチくらいならリスクが小さいのでやってもいいかと思いますが。

② 鑑別

PDPAの診断基準には当然ながら「他の疾患の除外」というものが含まれます。硬膜穿刺をするとどうしてもPDPAが真っ先に浮かぶため、これをおろそかにしがちです。ここでは特に紛らわしいものを紹介します。

・気脳症
脊髄を貫通する操作の間に、やはり空気が入り込む可能性が出てきます。それにより気脳症が生じ頭痛が出てくる可能性があります。
さらに、空気は上に昇ってくるため、座位によって頭痛が増悪してくる可能性もあります。
PDPAと違い、症状の発現が比較的早く、数日以内には改善してくることが多いという特徴が有ります。
硬膜外麻酔で抵抗消失法を施行する際に、空気ではなく生理食塩水を施行しても有意に気脳症が減らないことも知られています。

・頭蓋内出血
硬膜穿刺により髄腔圧が下がり、架橋静脈が破綻して頭蓋内出血を生じる可能性もあります。
これはPDPAを放置することにより生じてくる可能性もありますので、リスクを減らす為にはPDPAに対する水パッチや血液パッチなどを考慮するのも良いでしょう。

・脳静脈血栓症
脳の静脈に血栓が生じるものです。硬膜穿刺後に取り立ててリスクが高くなるわけではありませんが、頭位の変化で頭痛が生じる可能性があるため、鑑別が必要です。

③ 治療

治療法についてはいくつか言及されているため、記載していきます。

・自己血パッチ、水パッチ
代表的な治療法として自己血パッチがあります。
これは清潔の状態で採取した血液10~30mlを、硬膜穿刺した椎間やその上位の椎間に再度穿刺し、注入する方法です。これによって硬膜外腔の圧を高めるとともに、血液中の成分が硬膜の穴を塞ぐため、髄液漏出を防ぐことが出来るようになります。根治的治療とされる一方で、血液による硬膜外腔の癒着が生じる可能性があり、慢性的な痛みが残存する可能性があるなど、侵襲が比較的大きい手技になります。

一方で、水パッチというのは血液の変わりに清潔下で用意した生理食塩水を注入する方法です。
生理食塩水に自体に硬膜の穴を塞ぐ性質はありませんが、硬膜外腔の圧が上昇することにより、硬膜外腔への髄液の漏出が抑えられ、症状が速やかに改善します。侵襲が自己血パッチよりも小さい上、硬膜の穴が塞がるまでの時間稼ぎになり、そのまま根治する可能性もあります。

・カフェインの投与
髄液漏出により血管が拡張することが原因の一つとされますので、カフェインの血管収縮作用により改善する場合があります。侵襲も小さいため、試してみて損はないでしょう。カフェインは乳汁移行するため授乳婦には使いにくいですが、米国小児学会は200~300mgのカフェイン摂取なら問題なしとしています。なお、コーヒーのカフェイン濃度は0.6mg/ml程度ですので、大体3杯程度のコーヒーなら良いということになります。

・大量輸液
一般的に施行されている方法として、大量輸液療法があります。
通常の栄養管理に加えて、1000~2000ml/day程度の細胞外液を投与することで髄液の産生を促進し、症状の改善を目指すものです。
理屈としては正しいですが、効果の程度は疑問視されています。

  • 最終更新:2017-03-15 17:07:03

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