日帰り手術の麻酔

※日帰り手術をするなら一読したい本です。


※このサイトは要点のみを記載するようにしています。きちんと勉強するには成書を参照することを強く勧めます。
※このページでは日帰り手術に対する一般論を述べています。当然不安要素が一つでもあれば入院させるようにしたほうがよいでしょう。このページの記載内容で問題が起こってもページ作成者は決して責任を取りません。


概要

日帰り麻酔は患者にとっては手術当日の予定を一日空けるだけでよく、入院しなくてもよいので過重労働になりがちな医療スタッフの負担も減らすことができ、国民にとっては医療費も大幅に削減することができ、手術の理想形と考えることもできるでしょう。病院収益は少しばかり減るかもしれませんが、その分違う患者を診るとすれば悪くはないでしょう。
一方で、手術をした後に医療スタッフの整った病棟に放り込むことができないため、特に麻酔科医にとっては大きなプレッシャーとなるところかもしれません。

日本麻酔科学会も日帰り麻酔の安全のための基準を出しています。
しかし、その内容は「術前評価しっかりして」「十分説明して」「付き添いを用意してもらい」「異常があればすぐ来れる近所に人に限定する」ことを前提に「しっかりと観察してから帰して」「帰った後はしっかりと同居人が見て」「もしもの時のために病棟のベッドは空けておく」ようにすることしか書かれていません。マニュアルはたったの1ページです。
そして付記には「日本麻酔科学会麻酔科専門医が関与することが望ましい」とほぼ個人の判断に任せる方向になっています。

このページでは一応の大まかな方針を示せるように記載するつもりですが、結局は各々の施設の安全基準を考えて判断していただく必要があります。

日帰り手術の前提条件

日帰り手術を行う前提として以下のものがあります。当然これらのうちどれか一つでも欠ければ日帰り手術を計画することは不可能となります。

・患者と家族の同意があること
・日帰り手術が可能な手術内容であること
 → 短時間、出血少量で術後出血のリスクがない、術後の特別な処置が不要、余計な管が入らない
・患者の全身状態が安定していること
 → ASA-PSや基本的な術前検査データなど。硬膜外麻酔、脊髄くも膜死体麻酔、一部の神経ブロックなどをやる場合には凝固系にも注意する。
・家族が付き添い可能で、帰宅後に家族の監視のもとにあること
・緊急時にすぐ病院に連絡ができ駆けつけらえる体制が整っていること。
 →連絡手段があり、家族の運転など、公共交通機関以外で1時間以内に駆けつけられる。
・手術当日、緊急事態に備えて病棟が空いていること。
・術後対応がしっかりできる体制が整っていること

日帰り手術の説明内容

・通常通りの術前管理や術前説明。特に飲食の制限については十分に説明し、守れない場合は中止することもあることをしっかりと説明する。
・術後責任能力のある付き添いを用意し、本人が運転などの危険行為をしないこと
・帰宅後安静にし、家族の監視が必要な状態であること
・変わったことがあればすぐに病院に連絡をし、いつでも駆け付けられる状態を整えること。夜間でも1時間以内には駆け付けられる体制が必要となる。
・当日の状態によってはそのまま入院する可能性があること。

可能なら手術前日に電話で確認したほうが良い。

麻酔管理の概要

※理想を言うなら局所麻酔、区域麻酔
日帰り手術における麻酔管理は、術後意識がはっきりしていることが前提となる。それを考えると、硬膜外麻酔や神経ブロックなど、術中管理を局所麻酔や区域麻酔に頼ることが最も確実で安全となる。
当然区域麻酔のみで管理を終え、術後安定しているようであれば帰宅可能となる。

※現実的なのはMAC(Monitored Anesthesia Care)
MACとは一般に静脈麻酔といわれるものにイメージが近いと思われますが、挿管せずに鎮静薬と鎮痛薬を追加して麻酔をすることです。当然自発呼吸を残すことが前提となりますので、一般には以下の手順になります。

・いつでも全身麻酔に移行できるように準備を整えておく
 → マスク換気できる程度。挿管チューブなどを開ける必要まではない。
・必要なら神経ブロックや区域麻酔を施行
・酸素マスクをつけ酸素投与を開始し、etCO2モニターを使用して自発呼吸をモニタリングする。
・鎮静薬や鎮痛薬を投与し、自発呼吸を止めないように鎮静をかける
・手術終了したら鎮静を解除し、回復を待つ
・状態を観察し帰宅可能まで状態が落ち着いたら帰宅させる。
 → 観察自体は回復室などがあるのであればそちらでも構わない。

※侵襲度は全身麻酔よりワンランク下に位置づけされますが、循環や呼吸の管理は全身麻酔に比べてもシビアです。特に怖いのが呼吸停止です。無理な管理をしない限り大体は下顎挙上や声掛けなどの刺激で改善しますし、経鼻エアウェイを使用するという方法もあります。ただし、中枢性の呼吸抑制が強い場合はそれでも改善しないことがあります。呼吸状態は必ずモニタリングし、怪しければ呼吸抑制を起こす薬剤をオフし、必要ならラリンギアルマスクや挿管チューブの使用をためらわないようにしましょう。

※必要なら全身麻酔
MACでは対応しきれないと考えられる場合には全身麻酔を選択する場合もあります。
基本的にはできる限りラリンギアルマスクを使用すること、PONVを起こす薬剤はできるだけ避けること、鎮静やオピオイド受容体作動薬については半減期が短く術後覚醒の良いものを選ぶことが必要となります。
オピオイド受容体作動薬については神経ブロックを併用することで減量できますので、積極的に区域麻酔をしていくとよいでしょう。

具体的な薬剤について

※鎮静薬
切れの良い薬剤が好まれます。
PONVの少なさと半減期の短さを考えたらプロポフォールが一番使いやすいと考えられます。

ケタミンは外来患者禁忌なので日帰り手術では避けたほうがよいでしょう。
チオペンタールはしばらく残ることもあるので可能なら避けた方が良いでしょう。
ミダゾラムはフルマゼニルで拮抗できますが、フルマゼニルはミダゾラムより半減期が短く、帰宅後に鎮静が再燃してくる可能性もありますので、注意が必要です。
安全な鎮静薬というとデクスメデトミジンが選択肢として浮かぶかもしれませんが、この薬剤は呼吸抑制が弱い代わりに半減期が非常に長く、鎮静に使用すると半日くらいは作用することがありますので、使用するにしても補助程度の少量にして、できれば避けた方が良いでしょう。

プロポフォールが使えない状態ではチオペンタールやミダゾラムを少量で導入し、吸入麻酔でそのまま寝かせるくらいの方が術後の覚醒は良いでしょうが、吸入麻酔は閉鎖循環式回路でないと使いにくいためMACでは選択肢から外れやすいことと、嘔気対策としてドロペリドールやヒドロキシジンなどは鎮静作用があるので使いにくく、デキサメタゾンやメトクロプラミドくらいしか実質使用できないという問題点はあります。

※鎮痛薬
主役となるのは硬膜外麻酔や区域麻酔だと思われます。ただし、脊髄くも膜下麻酔の場合下肢の麻痺により帰宅が遅れやすい上、頭痛の原因となりますので、一旦入院するとかでない限りは適応を考慮したほうが良いと思われます。
下肢の神経ブロックは有効ですが、歩けなくなる可能性もありますので、付き添いがあるのは当然として、松葉杖や車椅子の使用を考慮しなければならなくなります。

オピオイド受容体作動薬は鎮静作用の残存やPONVの発生リスクを考慮するとあまり好ましくありません。
多少の痛みはプロポフォールを強めにかけて乗り切る、くらいの心持ちで、できれば使用しない方が良いでしょう。
全身麻酔で挿管が必要な場合は、短時間で侵襲の小さい手術なのが前提なのでレミフェンタニルを中心に投与し術後はNSAIDsでカバーする、フェンタニルをごく少量に留める、ペンタゾシンを使用するなどの方法もありますが、どうしても術後の嘔気のリスクと帰宅の遅れのリスクとなります。
特にMACで管理する場合はレミフェンタニルやフェンタニルは避けた方が良いでしょう。その場合は少量のペンタゾシンを様子を見ながら流し、術後長めに観察することくらいが妥当だと思います。
いずれにしても怪しい場合にはナロキソンで拮抗するなどを考慮してもよいでしょう。一部弱オピオイドは拮抗されにくいのでその点は注意が必要です。

なお、NSAIDsは抗炎症薬として効果がその本態なので、術後の痛みには有効ですが、メスなどで切る痛みを抑えてくれるわけではありません。術後鎮痛の主役として積極的に使っていくとよいでしょう。
アセトアミノフェンは作用機序不明で、一応術中の鎮痛に有効という説もありますが、少なくとも劇的な効果はありません。こちらも術後鎮痛を主眼にするくらいでよいでしょう。

※筋弛緩薬
できるだけ使用を避けた方が良いでしょう。
ロクロニウムはスガマデクスで拮抗できますが、体内への残存が強い場合、帰宅後に筋弛緩が再燃し、最悪の事態になる可能性があります。ロクロニウムを使用する場合は必ずスガマデクスなしでもある程度呼吸できるところまで改善させ、さらに拮抗を重ねるようにしましょう。
挿管の目的でスキサメトニウムをその時だけ使用するのも一手です。ただし、どうしても筋肉痛や横紋筋融解症による血尿、電解質異常、悪性高熱などの固有の問題が出現する可能性はあります。

※その他
その他、循環管理などは通常通り行います。

術後の評価

先述しましたが、日本において帰宅させるのに明確な基準はありません。
海外基準で言うなら2009年に発行されたmodified PADSS scoreがその一つとなるでしょう。

※modified PADSS score
  2点 1点 0点
術前からのvital signの変動 20%以下 20~40% 40%以上
歩行 めまいなく自律可能 補助必要 歩けないかめまいあり
嘔気 弱い 中等度 強い
痛み 弱い 中等度 強い
出血 少ない 中等量 多い
※9点以上で帰宅可能。

結局は施設基準を定め、麻酔を担当した医師の診察と判断で帰宅をさせることになるでしょう。
また、帰宅前に異常があったらすぐに連絡するように伝え、術翌日には必ず電話で状態をうかがい、カルテに残すようにしましょう。

  • 最終更新:2018-06-23 11:58:09

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