大動脈弓全置換術の麻酔

※本格的な心臓麻酔をしたい人に



概要

大動脈解離や大動脈瘤などで大動脈弓部を全置換をしなければならない場合がある。動脈瘤の場合はある程度時間的な余裕があるが、大動脈解離の場合は迅速に対応する必要がある場合が多い。
ここでは、大動脈弓部全置換術について一般論を記載していく。

特に注意をする必要があるのは、この手術特有の問題として、循環停止を行う可能性が高いということである。

術前の情報収集

まずはルーチンで行っているように情報収集をする必要がある。ただし、大動脈弓部全置換術を行う場合には以下の点も注意する必要がある。

① 経食道心エコーが使用に問題がないか:歯牙の動揺、食道静脈瘤の存在など
② 左右上肢や下肢に血圧の違いがないかどうか:ある程度は造影CTなどの画像からも評価可能。覚醒時にAラインを取るにしても一番妥当と思われるところを選択しないといけない。
③ 心臓の状態:エコーなどであらかじめ弁膜症や心タンポナーデ、冠動脈閉塞所見の有無などを確認していく。
④ 血胸や肺水腫の有無:解離から出血をきたし呼吸状態に影響を与えてくる可能性もある。

その他、出血に伴う貧血など、すぐに補正する必要があるようなデータはチェックし、輸血などを用意できるようにしておく。また、解離の場合はそれに伴う脳血流の低下や腎血流の低下などによって意識障害や腎障害が生じてくる可能性があるため注意が必要。

術中の管理

基本的な管理については通常の人工心肺使用麻酔と変わらないが、管を挿入する位置の特徴や、循環停止について考える必要がある。
また、大動脈弓部全置換の場合はAラインを左右上肢、下肢の計3本使用することが多い。下肢のAラインは送血管と反対側に挿入するようにする。これにより各弓部血管の開存に対する客観的な評価が可能となる。さらに、経食道心エコー使用することが多い、スワンガンツカテーテルもほぼ入れていることが多く、INVOSもあった方がよい。

管の挿入について

送血管は大腿動脈に留置することが多い。脱血管は逆行性脳還流法(循環停止の項を参照)を考慮して上下大静脈に留置することが多い。
また、弓部分枝が閉塞している場合や逆行性脳還流法のみでは臓器還流不全が生じる可能性があると考えられる場合、右鎖骨下動脈にも送血管を留置することがある。
ベントカニューレは人工心肺開始後に右上肺静脈から左房を介して左室に留置していることが多い。

まとめると、管の挿入について一般的な人工心肺使用麻酔との違いは下の表の赤文字の部分となる。

挿入管 挿入位置 補足
脱血管 上下大静脈 循環する血液を人工心肺へ送る。循環停止を行う場合には逆行性脳還流法を行うために使用することもある。
送血管 大腿大動脈 人工心肺から血液を返す
順行性カニューレ 大動脈基部 順行性に心筋保護液を注入する場合に用いる。スタンダードな方法
逆行性カニューレ 右房を通り冠静脈洞へ 逆行性に心筋保護液を注入する場合。解離腔が大動脈基部に達している場合や大動脈弁逆流があり、順行性に送ると逆流する場合や冠動脈狭窄があり、順行性では十分な栄養を送れないときに用いる。
左室ベントカニューレ 右肺静脈より挿入することが多い 左心系の血液を除き、術野の確保と減圧を行う。人工心肺離脱後には空気を抜くためにも用いることが出来る。

循環停止

大量の大動脈遮断鉗子により視野が失われるのを防ぐため、循環停止を行うことがある。
当然ながら循環停止をすると脳虚血が生じ、脳の障害につながるため、それを防ぐために超低体温両右方を行うことが多い。
超低体温療法とは、人工心肺装置を用いて全身冷却を行い、深部体温を20℃前後とする方法である。さらに氷枕などで局所冷却をすることがある。この方法でも30分程度の循環停止が可能だが、さらに逆行性脳還流法を用いると、これを60分程度まで伸ばすことが可能になるとされる。

逆行性脳還流法とは、循環停止後に酸素化した冷たい血液を上行大静脈から300ml/min程度の速度で逆行性に送り込む方法であり、循環停止中にも高い脳保護効果が得られることで知られている。ただし、還流圧を20~25mmHg以下に調節しなければ脳浮腫などのリスクにもなるため注意が必要である。

なお、復温するにあたって、それが中途半端な場合、低体温による合併症が生じてくる可能性があり、注意しなければならない。特に凝固機能の低下が問題になりやすいため注意する。

  • 最終更新:2018-04-03 13:26:51

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