人工心肺使用麻酔の基本的な流れ
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※本格的な心臓麻酔をしたい人に
- 0.準備と基本的な流れ
- 準備するもの
- 基本的な流れ
- 1.麻酔導入後、人工心肺に乗せるまでの準備
- 2.体外循環の開始
- 3.体外循環中の麻酔管理
- 4.体外循環からの離脱準備
- 5.対外循環からの離脱
- 6.体外循環後の麻酔管理
0.準備と基本的な流れ
準備するもの
まずは通常の麻酔の準備に加えて下記の準備を必要に応じてしておきます。
・BISモニター:人工心肺中は吸入麻酔が使えないので必須。
・CV or スワンガンツカテーテル(SGC) (エコー含む)
・CVP,ABP測定用のモニタキット
・経食道心エコー(バイトブロックやプローブカバー含む)
・輸血の準備(ホットラインなど)
・薬剤
導入用の薬剤 | ミダゾラム10mg。プロポフォールやラボナールでも構わないが、循環の変化に注意。 |
ロクロニウム | 導入はショット。維持は持続の方が楽。 |
フェンタニル | 好みによるが術後ICUという前提で術中1000~2000μg程度の大量投与をしても良い。 |
レミフェンタニル | 好みによるがフェンタニルの投与量を減らせる上、バイタルが安定しやすいので好む人も多い。 |
吸入麻酔 | 人工心肺中以外は使用可能。最初から最後までTIVAにするなら不要。 |
プロポフォール | でも良い。深度はBISで40~60で管理。 |
フェニレフリン | 急な血圧低下を生じる状況が多いので必須。 |
ノルアドレナリン | 通常は持続だが必要ならショットも使用。CVやSGから投与。 |
ニカルジピン | 急な血圧上昇に対応。一応あった方が良い。 |
ヘパリン | 人工心肺導入時に使用。20ml程度は用意する。 |
プロタミン | 20ml程度用意。ただし、使用したら取り返しがつかないので使用直前に用意しても良い。 |
強心薬 | 人工心肺の離脱に使用。ドブタミンがメイン。好みに応じてオルプリノンやミルリノンでも構わない。 |
※その他、必要に応じてβ遮断薬や硝酸薬の系統を用意する。
基本的な流れ
人工心肺に乗せ、心臓手術を開始、終了するまでは以下のような流れで麻酔管理を行います。
1.麻酔導入後、人工心肺に乗せるまでの準備
2.体外循環の開始
3.体外循環中の麻酔管理
4.体外循環からの離脱準備
5.対外循環からの離脱
6.体外循環後の麻酔管理
1.麻酔導入後、人工心肺に乗せるまでの準備
人工心肺に載せるためには、相応の準備が必要です。麻酔導入後、人工心肺に載せるまでに以下のような準備をあらかじめ行っておきます。
・まずは基本的な管理を
当然ながら、患者のリスクに応じた対応をする必要があります。なので、通常通りの維持が出来ていることは前提条件になります。
・β刺激作用のあるカテコラミンの使用は避ける
人工心肺使用後は心筋の酸素消費量を減らす方向で考えなければなりません。なので、β刺激作用のあるカテコラミンは使用を避けた方が安全です。
・心臓の状態の確認
心臓手術全般に言えることですが、術前の状態を経食道心エコー(TEE)で確認しておく必要があります。
最低限、心臓全体の動きや、手術をする部位の周辺の機能、脱血管、送血管の挿入位置は確認しておきましょう。
・ベースのACTをチェック
ヘパリン投与前のACTの値を測定しておきましょう。
2.体外循環の開始
体外循環を開始するには心肺を迂回する血行が確立していること、人工心肺装置が正常に働くこと、といった条件が必要です。体外循環開始の際にはこれらのことに気を付けながら進める必要があります。
送血管挿入時に収縮期血圧が100mmHg以上あると大動脈解離を起こすリスクが上昇するとされています。そのため、血圧のコントロールはしっかりするようにしましょう。
また、特に高齢者では大動脈の石灰化が原因で偽腔送血を生じる可能性もありますので、術者がエコーで確認することが多いです。
・脱血管、送血管の位置を確認する。
人工心肺装置を可動させるためには脱血管と送血管の位置が正確である必要があります。
一般的には各々の管は以下のような部位に挿入されます。特に脱決管や送血管は正確な位置の把握が外科サイドからは困難ですので、TEEを正確に描出する必要があります。ただし、送血管を挿入する前には術野から直接エコーを見る場合が多いです。
挿入管 | 挿入位置 | 補足 |
---|---|---|
脱血管 | 上下大静脈 | 循環する血液を人工心肺へ送る |
送血管 | 上行大動脈 | 人工心肺から血液を返す |
順行性カニューレ | 大動脈基部 | 順行性に心筋保護液を注入する場合に用いる。スタンダードな方法 |
逆行性カニューレ | 右房を通り冠静脈洞へ | 逆行性に心筋保護液を注入する場合。大動脈弁逆流があり、順行性に送ると逆流する場合や冠動脈狭窄があり、順行性では十分な栄養を送れないときに用いる。 |
左室ベントカニューレ | 左房より挿入することが多い | 左心系の血液を除き、術野の確保と減圧を行う。人工心肺離脱後には空気を抜くためにも用いることが出来る。 |
また、これに併せて、大動脈のクランプも行います。
・ヘパリン化
何もせず人工心肺装置に血液を流した場合、人工心肺に血栓ができ、詰まる可能性があったり、人工心肺に出来た血栓が脳梗塞を生じたりする可能性が出て来ます。そのため、ACTが400~480秒程度になるようにヘパリン化をする必要があります。ヘパリン化についての投与量は個人個人によってバラバラですが、筆者は1ml(1000単位)で1000÷体重だけ伸びると概算して投与しています。投与数分後に再測定し、ACTの値を確認する必要はあります。
・吸入麻酔使用時はTIVAに切り替え
人工心肺使用時には血液が肺を通過しないため、吸入麻酔が無効となります。
吸入麻酔を使用している場合にはTIVAに切り替える必要があります。なお、人工心肺の開始により血液が希釈され、鎮静が浅くなる可能性があるため注意が必要です。
・送血管挿入時は血圧を下げる
送血管を入れる際は血圧が高いと大動脈解離の原因になることがありますので、一般的に血圧を低めに管理します。おおよそsBP 100mmHg以下を心がけると良いでしょう。
3.体外循環中の麻酔管理
体外循環中は臨床工学士が人工心肺の管理をしますので麻酔科医にとってはある程度余裕が出来る一時です。
その中での管理を確認します。
・通常の管理は継続する
人工心肺を使用するに当たって、循環は保たれますが、筋弛緩、鎮静、鎮痛は麻酔側の管理になります。当然ながらこれらの管理は継続する必要があります。ただし、低体温になり代謝速度が落ちるため、十分に減量する必要があります。人工心肺側から投与していることもありますので、よく知らない場合は確認しましょう。
・心筋保護を行う
心臓は拍動によって当然エネルギーや酸素を消費しますが、心血流が途絶えている状態では心筋への栄養が回りません。
そのため、術中は以下の方法で心筋を保護します。
心筋保護については臨床工学士がタイムキープしていることも多いです。
心筋保護液の注入 | 20~30分に1回順行性カニューレまたは逆行性カニューレから投与します。高K、低Naの心筋保護液を投与し心筋の動きを停止させると共に、ブドウ糖+インスリン、酸素など栄養を心筋に送ります。 |
低体温 | 体温を下げることで心筋保護を行います。短時間の場合には32~34℃、長時間の場合には25~30℃、循環停止を行う場合には20℃前後まで下げます。 |
・送血圧が上昇した場合
送血圧が上昇した場合には「送血管」「血管」「凝固」の問題を考える。
・送血管:送血管が折れていたり、先端が血管壁に当たっている。調整すれば改善。
・血管:大動脈解離、偽腔送血。鎖骨下送血などをしている場合には血管径が細すぎる場合なども原因となる。確認し、送血位置を変える必要がある。解離があればそれに対する手術が必要となる場合もある。
・回路内凝結:ヘパリン不足など。ヘパリンを追加してもどうしようもなければ、回路ごと交換する。
4.体外循環からの離脱準備
開心術が終了に近づくと、離脱に向けて状態を整える必要があります。
・全身状態を整える
体温やpH、電解質、血糖、Hbなどのバイタルを整えます。特にpHが低いと心拍再開時に投与するカテコラミンの効果が弱くなり、高K血症があるとそもそも心拍の再開が出来なくなってしまいます。これに限らず、血液ガス測定でわかるような項目は出来る限り補正し、全身状態を整える必要があります。
・心臓に栄養を与える
常温の心筋保護液を投与し、消耗した心臓に栄養を補充します。その後は正常な血流で洗い流す必要が有ります。
・心拍動の補助を行う。
長時間停止していた心臓は再開させる際にも本調子であるとは言いがたいです。
その補助のために以下のような操作を行います。
カテコラミンの投与 | 特にβ刺激作用のあるカテコラミンやPDEⅢ阻害薬を投与し、心拍再開の補助を行います。具体的な投与量などについては循環管理についてを参照してください。 |
ペースメーカーによる補助 | ペースメーカーによる補助を行います。低体温で刺激電導系が抑制されている場合にはVVIがよいですが、復温後はAAIの方が心房収縮も得られるため、より効率よくなります。最初からDDDにしておくのも一手です。 |
・手術の問題がなかったかを確認する。
TEEを用いて、手術完了した部位を確認し、異常な循環動態がないかを確認します。また、それと同時に胸腔内の液体貯留がないか、残留空気がないかを確認します。
・食道温と膀胱温の乖離がある場合
人工心肺からの復温時、食道温は正常化しているのに、膀胱温が低いことがあります。
モニターコードの抜去などによるモニターエラーの他、下半身の血流低下が生じている可能性があります。その場合は血管拡張薬の投与や輸液負荷などにより血液循環の改善を目指します。
その他、尿量の低下により膀胱温が正確に測れていない可能性もあります。循環の正常化で改善しなければフロセミドなどの投与により改善を目指します。
・空気を除去する
手術によって心腔内に空気が入り込んだ場合、空気塞栓を生じる可能性が出て来ます。そのため、離脱時にはTEEで空気の存在を確認しながら、頭低位にし、左室ベントカニューレなどで吸引したり、CO2を充満させたりと、術者側に攪拌を指示したり対策をする必要があります。また、用手的に大きく換気をすれば、攪拌時の補助になります。
5.対外循環からの離脱
準備が整ったら大動脈のクランプを解除し、離脱を開始していきます。
・人工呼吸を再開する
人工呼吸を再開します。長時間血流が停止していた為、最初は血液ガスとetCO2の乖離が大きくなりますので、注意が必要です。
・人工心肺から離脱していく
人工心肺からの流量を少しずつ下げていきます。これが0になれば、自己心拍からの血流で全身の循環型もたれていることになります。
・プロタミンで拮抗を行う
人工心肺から離脱したらヘパリンを拮抗するためにプロタミンを投与します。この際、必ず緩徐に行う必要が有ります。
筆者はヘパリンと同様に「1ml(10mg)の投与で1000÷体重だけACTが減少する」という感覚でやっています。その後ACTを計り、調整します。
なお、人工心肺がわずかでも動いている時にプロタミンをCVから投与すると、プロタミンが脱血管から一気に吸い込まれて、一瞬にして人工心肺を詰まらせる可能性があります。心機能が悪い患者の場合には人工心肺を再開することも出来ず、これが原因で亡くなったりすることもありますので、要注意です。
プロタミン投与後に低血圧が生じた場合には、肺塞栓や低循環、手術の不備などの有無を経食道心エコーで確認し、問題がないようでしたらプロタミンショック、アナフィラキシーを疑います。
6.体外循環後の麻酔管理
・ACTを適宜測定する
プロタミンは半減期が5分程度と非常に短いため、一旦プロタミンで拮抗したとしても、プロタミンリバウンドを起こし、ACTが再度上昇してくる場合が有ります。その場合には再度プロタミンを投与する必要があります。
・血圧低下に注意
復温による末梢血管の拡大によって血圧が低下してくる場合が有ります。TEEで循環動態を確認しながら、循環血液量の低下があると判断される場合には素早く輸液や輸血を投与する必要が有ります。
また、胸腔を閉じることによって、胸腔内圧が上昇し、低血圧を生じる可能性もあります。
・TEEによる観察
循環血液量の低下だけではなく、胸水の増加などの合併症がないかを確認しておく必要が有ります。
必要なら再開胸を指示する必要が有ります。
- 最終更新:2020-03-25 16:55:01